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“石ころ”だって売れる、一流の営業にしてみせる。
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「部下というより、一緒に成長していける、そんな仲間を求めています」。
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株式会社グッドプレイス
代表取締役社長
淺野 匡志
(25歳)
Tadashi Asano
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1982年生まれ。2000年、18歳の頃よりビジネスに興味を持ち、人材系をはじめさまざまな事業形態で個人事業主として経験を積む。大学在学中の2004年、グッドプレイスを設立。以来、黒字経営を続け、好調な業績を誇っている。今年度は年商5億を達成するべく奮闘中。2009年の株式公開を目指し、準備に追われる毎日である。
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2004年、一艘の小舟がビジネスの大海原に漕ぎ出た。「サイトリノベーション事業」をドメインに掲げるそのベンチャーは、初年度にして黒字転換を実現。以来、毎年200%超の伸び率で成長を遂げてきた。そんな輝かしい成功の陰には、一体どんな足跡が隠れているのか。若き経営者の過去・現在・そして未来に迫る。
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まず、「社長」になろうと思ったきっかけを教えてください。
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「商売」を意識し始めたのは18の時。高校を出て、舞台美術のアルバイトをしてたんですよ。撮影現場のセットを作る仕事です。当然、芸能人にも会えるわけで。うら若き淺野少年は、そのVIPな佇まいに奮起しました。ちくしょー、オレもあんな風になりたい!って。…じゃあ、金を稼ぐには?そりゃビジネスでしょ、っていうノリでした。その後、派遣とか人材系の仕事をちょくちょくやる傍ら、イベント企画なんかも始めたりして。コンセプトは「ちょっとオトナの飲み会」。とにかく、知り合いという知り合いに声かけて。ハコを押さえて。駆けずり回って。多い時で1000人ぐらい集客してましたね。
本格的に起業を考えたのはその後かな。独立を支援するドリームゲートプロジェクトに参加して、ゲンダイエージェンシーの山本社長と出会ったんです。インターン、まぁカバン持ちみたいなものかな、そんな感じで入ったのですが、本当に貴重な経験をさせてもらいました。いろんな人を紹介していただけたし、リッチな気分も味わわせてもらった。なぜかハイヤーが家に迎えに来たりね。カバン持ちなのに。振り返ってみると、自分にとってのターニングポイントってこの頃だったと思います。
そんなある時、山本社長にこう聞かれたんです。「キミは社長になりたいの?」って。もちろん即答。YESって。理由はシンプル、稼ぎたかったから。すると、社長はこう言いました。「ある程度のところまでいくと、使う分より入ってくる額の方が多くなる。その時キミは何をしたい?」――答えられない。当時の自分に、やりたいことなんてなかったから。そしたら社長、またこう仰る。「ならば、とにかく今は仕事をしなさい」。
「稼ぐ額が増えるにつれて、見える景色も違ってくる。それがすなわち人間としての成長だと思う。会社を興したならば、上場しなさい。そのためには、雇用をしなさい。そして、永続させるためには――世の中にとって必要不可欠な会社にしなさい」。
目からウロコが落ちましたね。当時、大学3年生。経営者になると決意した瞬間でもありました。
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ビジネスフィールドを「インターネット」に定めた理由は、何だったのですか?
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それからしばらくは、IT関連に特化した営業アウトソーシングに注力していました。それでも「もっといい商材はないかな」という視点だけは常に持っていましたね。そんな時目をつけたのが「比較検索サイト」です。その頃、どの商材カテゴリーにもこの比較検索サイトが存在していて、ここでなら勝負できるんじゃないかって思ったんです。で、その中でも攻め時だったのが、美容業界。2004年当時、美容業界はキャッシング業界の次に大きい市場だと言われていて、さらには、これからは「アンチエイジング」の波がくる、って騒がれていたんです。
そうして立ち上げたのが美容ポータルサイト『La-puti』でした。でも、初月の売上はたったの5万円。360万かけて作ったのに、大赤字ですよ。全然ダメ。投資してくれた社長からの並々ならぬプレッシャーを感じつつ、必死で挽回しましたね。あの時は本当に、めちゃくちゃがんばりました。それでうまくいって、味をしめて、いろんな会社の不振サイトを請け負っては次々と息を吹き返す…そんなことを始めて。そうこうするうちに、運営サイトは10以上にもなったんです。
自分自身“これからは「検索」の時代だな”、というのは感じていました。いかにして、「人」を「ほしい情報」のもとへスピーディに連れて行くか、が求められるだろうなと。商材としてはこの上ない、そう確信していました。
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ビジネスモデルを構築する上で、意識していることは何ですか?
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まず「売りやすさ」ですね。20代の若いメンバーばかりの当社、正直言って、営業力が強いとは言えない。だからこそ、「売れる」パフォーマンスを維持するシステムを構築することが大切だと考えました。それが、成果報酬型営業です。数をこなせば絶対に成果が出るのも、このビジネスモデルの特長です。
時代のブームに乗って、アフィリエイトプログラムとかモバイルサイトとか、いろいろ扱った結果、業績も好調。次に意識したのが株式公開でした。上場するには、コアコンピタンスを作らないといけない。それで立ち上がったのが、サイトリノベーション事業だったわけです。クライアントのニーズの中でも、Webコンサルティングに関するオファーが最も多かったというのもありますし、成果報酬型のビジネスモデルでは、ほとんど競合がいないという点も大きかったですね。そして何より、クライアントのEC事業にWebマーケティングという手法を掛け合わせることそのものに、ものすごい収益性を感じたんです。
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しかし「売りやすい商材」は、営業力を育まないのではないでしょうか。
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そんなことはないですね。私が保証します。とはいえ、手取り足取り…というわけにはいきませんよ。私の教育方針は、とにかく「数をこなす」こと。それに尽きるのです。
教えることはひとつだけ。「バットの振り方」です。とにかく振って振って、振りまくれ。そうしたら絶対に、ボールに当たる「型」みたいなのが出来るから。もし、しんどい、もうダメだ…と思ったら、まず、自分にその「型」が出来上がっているのか考えてみたらいい。最初の頃は、最短距離で成功法則を手に入れたい、と思うかもしれない。スマートにやってのける人に憧れるかもしれない。でも、スマートにやってのける人っていうのは、陰でものすごい努力をしているはずなんです、絶対。努力をショートカットして成功しようとしても、ただの頭でっかちになるだけ。そういう人にはなってほしくないから。
とにかく、遮二無二やり遂げること。そうすれば必ず「二流」にはなれます。そこに私がマーケティングセンスを注入して、一流にしてさしあげます。それが、社長としての役割だと思っています。
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一流と二流の違いは、何でしょうか。
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「潮の目が読めるか」。つまりは事業家になれるか、ってことです。うちだったら、絶対にそのセンスを授けてあげられると思っています。ちなみに、一流と超一流の違いは…「運」だけかもしれないですね。
20代のうちに、どこまで本気でやれるか。それでその人の「器」みたいなものが決まると思います。グッドプレイスで言うその「器」とは、「ひとりで飯を食えるようになれる」っていうこと。石ころを売る能力だって、つけさせてあげたいと思っています。要は、一流になるっていうのは、営業力とマーケティング能力を備えること、なんですが。
成果を上げれば、それなりの報酬も出します。2000万円クラスならうちで目指せるんじゃないかな。ボーダーは3000万円。さすがに5000万円クラスになると、グループ会社の役員にでもならないと到達しないかもしれないけど。その選択肢だって無きにしもあらず、だしね。
とにかく、社員に「入社してよかった」という思いをさせてあげたいんですよ。実は私、この間まで月7万のアパートに住んでいたんですけど、最近引っ越したんです。プール・温泉・フィットネス施設のついたタワーマンションに。家なんて寝に帰るだけの場所だから、そんなにこだわらなかったんだけど、それじゃ社員が夢を持てないんじゃないかって考えて。今、25歳。突っ走ってきた感があるけど、最近は、ハングリーさだけじゃだめなのかなって思えてきましたね。そういう「変化」も成長だと思って、一緒につきあってくれるような方とね、一緒に働きたいですね。
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ありがとうございました。最後に学生に対するメッセージをお願いします。
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とにかく、やりたいことを決めてほしい。稼ぎたい、偉くなりたい、いい暮らしがしたい…何でもいいから。そして、日付を入れてほしい。いつまでにやり遂げるか。私の目標と期日?差しあたっては上場かな。2009年までには、目指してます。
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