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あなたが“あなたらしく”いられる会社です。
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「できるだけ多くの個性あふれる方々にお会いしたいですね」。
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株式会社シグマ・インターナショナル
代表取締役社長
軍司 穂
(45歳)
Minoru Gunji
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大手ソフトベンダーへ入社し、中規模オフコンの開発に数年間にわたり携わる。その中で「大きな組織の歯車にはなりたくない」という想いを抱くようになり、十数名のソフトハウスへ転職。4年間勤務するも、時代はちょうどバブルの絶頂期。兼ねてからの夢であった起業をするなら今しかない、と独立を決意。26歳で株式会社シグマ・インターナショナルを設立する。現在、社長業の傍ら、現役システムエンジニアとして現場にも立っている。
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大手ソフトベンダーの安定感を捨て、弱冠26歳にして独立。経営者として個性あふれるエンジニア集団を束ねる一方で、社内一のエンジニアとして自らも開発の最前線に立つ。それが、シグマ・インターナショナルの軍司穂社長。その人間的魅力に迫った。
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御社では、社員一人ひとりにプロジェクトの受注額を公表されていますね。
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四半期に一度は、どういうプロジェクトで、受注金額はいくらなのか、そしてどういう見積りで開発していくのか、というのを公表するようにしています。理由は2つあって、エンジニア一人ひとりに自分の仕事の大きさや意義を感じてほしいのと、受注額そのものが給料に反映されるからです。ディスクローズすることで、社員から見て会社の経営が透明であるということでもあります。
私は自分たちのやっている仕事を製造業だと思っています。製造業というのは、モノをつくってなんぼの世界。いくらで受注したのか、いくらまでコストをかけられるのか、という原価意識を持つことが絶対的に必要です。仮に原価意識がないまま仕事をしたら、最終的な製造原価を上げてしまうことになるでしょう。100万円でできるものが、200万円、300万円かかったりというように。
当社がお客様と直接取引する一括受託にこだわっているのも、この原価意識とリンクしています。エンジニアの仕事を大きく分類すると、一括受託、作業請負、派遣、パッケージソフト開発の4パターンしかありません。そのうち、一括受託以外は原価意識がなくても仕事になる。作業時間ベースで人件費が発生するので、ただ“いる”だけでもお金になるわけです。でも、時間を切り売りしているだけではいいモノはできないし、エンジニアの成長にもなりません。私自身エンジニアですから、このことはたびたび実感してきました。
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現在も、現役のエンジニアとして活躍されているそうですね。
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私は根っからのプログラマなんですよ(笑)。プログラムを書いているときが一番落ち着きますから。今も、プログラミング言語については社内で一番知っていると自負しています。一通りやってきているので、新しい言語が出てきても怖くないですね。アルゴリズムを何で考え、それをどう言語に置き換えるかという問題だけなので。「社長が一番技術に詳しくなければならない」というのが私の持論。「この会社で一番いいソフトをつくるのは自分だ!」というくらいの心持ちでいますよ。
好きでやっていることですが、大きなメリットがある。それは現役でやっているからこそ、仕事の内容がエンジニアの視点で分かる、采配ができるわけです。自分自身がプロジェクトリーダーとしてやってきた仕事の達成感と、社員たちとの連帯感がたまらないですね。
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社長は、どんな想いを持ってシグマ・インターナショナルを設立されたのですか?
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そもそも私は、ソフトウェア開発の仕事には全く興味がありませんでした。今となっては笑い話なのですが、実は最初に入った大手ソフトベンダーは、自動車関連の会社と勘違いして入社したんです(笑)。ただ、そこで半年ほどオフコンをいじり、プログラムを書いたり試行錯誤を繰り返しているうちに、気付いたら社内で一番詳しい人間になっていました。
次第に、大きな組織の中で自分の出世やそのための人間関係などに煩わされているように見える先輩たちを見て、「違う」と感じるようになりました。独立心も芽生えていましたから、3年半ほど在籍して転職。システム設計の大まかな流れはつかんでいたので、独立するにはあとはソフトウェアのお金の流れを理解しようと。それならば小さな会社がいいと考え、社員数10数名のソフトハウスに入社しました。ここには結局4年ほどいましたね。時代はちょうどバブルの絶頂期でしたから、起業するなら今しかないと、1988年にシグマ・インターナショナルを設立したんです。
設立したときの理念は、「開発エンジニアのデベロッパー」というもの。とにかくポテンシャルの高いエンジニア集団にしたいというのが理想です。これは今も変わりません。ただ、エンジニアだからって、プログラミングおたくである必要はないと思っています。また、コミュニケーション力が必要だと声を大にして言う企業もありますが、そうとも思わないですね。色々な個性が集まって初めて面白い組織ができると私は考えます。だから「こうでなくてはいけない」という固定概念は一切ありません。
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社員の意見を取り入れることで、会社の可能性も広がる
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社員の個性や自主性を尊重しているということですね?
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エンジニアにも色々なタイプの人がいます。私みたいに、プログラムを書いて動かすことに喜びを見出したり、他の人にはできないような高い次元でプログラムをつくりこむことが楽しかったり。また、プロジェクトマネージメントの世界や、どう利益を上げるかといった金銭の分野に踏み込む人もいます。当社は、エンジニア一人ひとりが自分のなりたいエンジニアになれるよう、夢を実現できる土壌を整備してあげたい。会社の方からあるべきキャリアステップというのをつくってしまうと、息苦しくなりますからね。
そのために、「あなたはどういう方向性でいきたい?」というのを毎年ヒアリングしています。社員全員と面談し、そこで出た要望を経営に反映させています。「自社パッケージをつくりたい」というメンバーには、実際にすぐにやってみるよう提案したこともあります。意見を取り入れることで、会社としての可能性も広がっていくと考えているんです。
例えば、当社には特定の分野に関してはやたら強いというエンジニアが何人もいます。その分野に関しては私も口出しできませんし、下手をすればお客様よりも詳しかったりする。1つのお客様との付き合いが長いので、業務内容を熟知し、コンサルテーションするように仕事をしているからです。ソフトもハードも、技術というのは時代とともに変わっていきますが、根幹にあるシステムというのは変わらないもの。技術は表面的でテクニカルなものに過ぎませんが、業務知識のある人の方がエンジニアとして息が長い。このように、エンジニア個々人が進みたい方向で、能力を伸ばしてあげるようにしています。
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それでは、社長が求める人物像というのをお教えください。
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まずは、絶対的にプログラミングが好きな人。当社は特にニッチな分野の開発を受けることが多いので、好きじゃないとやっていけないでしょう。もちろん、学生時代に経験があるかどうかではなく、適性を持っているということ。私も面接ではまずそこを見ます。極端に言えば、ものごとに興味を持てる人、探究心を持って関わることのできる人がいい。プログラミングに興味があるということをきっかけに、プログラミングがどういうものか知りたい、自分でつくってみたい、そしてもっと知りたい、もっとつくりたい、となりそうな人が来てくれたらいいですね。
あとは、不器用でも何か1つに秀でている人、何かしらの挫折を味わった人、そういった人たちなんかもいいですね(笑)。私の経験上、そういう人は強い。劇的に変貌する可能性を秘めています。というのも、デジタルとして真に優れたものをつくる人は、アナログ人間だと思うんですよ。ここで言うアナログとは、自分がつくったものに対し責任を持ち、最後までフォローする。どんなに最先端のシステムをつくったとしても、人間的に未熟だったらそれは本物ではない。不器用な人や挫折を経験した人というのは、人間的な深みを持っているものですから。
過去にも、バンドマンを目指してプロ直前までいったもののやむなく挫折した人が来ましたけど、彼なんかは大化けして活躍しましたね。そういう人が好きなんですよ。私自身、順風満帆に来たわけじゃなく、悔しい思いをしたり、お金のない時代というのを経験してきましたから。当社はそういう人たちが生まれ変わったり、居心地よく働ける会社だと思います。
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