2002年初頭のことである。ODD(光ディスクドライブ/Optical Disk Drive)可動のためのシステム設計を担当していた松田に、レーザ制御を担当するという仕事が舞い込んだ。それまで担当してきたシステム設計から一転、ここでハードウエアのソフト開発設計を経験させ、新製品開発の全体像を学ばせようという会社側の親心であったものの、当時の松田にはレーザとその制御についての知識はほとんどない。突然の指示は、そんな松田にレーザ制御を改良してさらに精度を上げ、2002年当時8倍速が限界だった処理速度を24倍速にせよというものに他ならなかった。