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最終更新日: 2007/11/22
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プロの仕事研究
不振の地方支店を大胆な取り組みで立て直したマネジメントのプロ。
営業・販売系−営業(法人・新規開拓が中心)
名古屋西支店/支店長
岡山 孝之 (35歳) Takayuki Okayama
入社7年目 / 早稲田大学 教育学部 社会科 出身

プロフィール
学生時代に知人と飲食店を立ち上げて経営に没頭。その後、飲食店勤務、IT系ベンチャーでのマネジメント業務を経て、2002年、パソナに入社。分社化したパソナキャレント(現パソナキャリア)で人材紹介業務を手がける。2006年、名古屋西支店にマネージャー(現支店長)として異動。売り上げアップに奮闘中。

プロローグ
「人に影響を与えて、組織を大きくする仕事に挑戦したい」。それが岡山の夢だった。学生時代に仲間と飲食店を立ち上げて運営に打ち込んだことに始まって、飲食店の店長職やIT系ベンチャーの開拓業務に携わってきた。仕事への姿勢には自信があったものの、転職活動では「転職が多い」「在職期間が短い」などの理由で何度も悔しい思いをした。アドバイスしてくれる人が近くにいたらもっと早く進むべき道が定まったのに、とも感じた。転職先に人材関連業界を選んだのもそんな経験があったからこそだった。

すでに成熟した会社に入るつもりはなかったが、折よくパソナの人材紹介部門が分社独立すると知り、立ち上げに参加してやりがいある仕事ができるかもしれない、と思った。こうして岡山はパソナキャレントの一員となる。営業はもちろん、グループ内の連携体制を築くために奔走した。まさにやりたかった仕事だった。

体制も軌道に乗り始め、現場の業務に戻っていた岡山に異動が持ちかけられた。「名古屋の支店を任せたい」。

人員不足、地域の習慣、知名度。あまりの逆境にがく然。 1
岡山が赴任することになった名古屋支店は開設して1年余り。そのとき名古屋支店は、他社が市場で圧倒的優位を占める中、苦戦を強いられていた。岡山はそのテコ入れ役として抜擢されたのだった。

名古屋に赴任して支店の様子を見た岡山はがく然とした。東京での仕事とはあらゆる面で違った。支店の人員拡大にも難航しており、十分な営業活動も展開できない状態だった。さらに名古屋では『パソナキャリア』の名はまだ浸透しておらず、ライバル社がひしめく中で市場に食い込めていなかった。中でも特に戸惑ったのは、自分が責任者として様々な決定を下す立場に置かれたことだった。

名古屋での勤務をスタートした岡山が痛感したのは、東京とは違う、この地方独自のルールだった。本社で身につけたやり方はまったく通用しなかった。契約書も交わしたにもかかわらず顧客からは「まだまだ。あと何回か足を運んでもらわないと」と言われるばかりで仕事をもらえない。また会社の知名度がないため、アポ入れのたびに一から説明しなければならない。支店のテコ入れどころか、最初から壁だらけだった。

「いつの間にか、大手の看板に頼る仕事をしていた」。 2
それをくり返すうち、岡山はあることに気づいてはっとした。今、自分が大変だと思っているのは、かつて「やりがいがある」と思って取り組んできた仕事じゃないか。「そうだ、自分はベンチャーのつもりでこの会社に入ってきたはずだ。なのに、いつの間にか大手の看板に頼る仕事をしていた。初心を忘れるところだった。巻き直しをしなければ。会社は多様な職歴と経験を買って自分を採用してくれたはずだ。型にはまらない視点で仕事に取り組むことを期待されたんじゃないか。それなら自分なりのやり方でこの壁に取り組もう」。岡山の迷いは消えた。

まもなく岡山が打ち出したプランは、会社の誰もが思いもよらない大胆なものだった。

当時本社では効率を高めるため、転職志望者の面談数をしぼって成約率をアップさせる方針をとっていた。ところが岡山が名古屋で始めたのは、まったく逆のやり方だった。面談数をひたすら増やしていったのである。もちろん支店の人員は限られており、各人にかなりの負荷がかかる。効率も悪くなった。本社の方針に逆行する岡山の大胆な方針に、遂には疑問の声が上がり始めた。

あえて本社の方針の逆をいって、立て直しをはかる。 3
それでも岡山の決意は揺るがなかった。名古屋の支店を立て直すにはあえてこうするしかない。そう確信していた。

岡山の狙いは、まずパイ(市場の総体)を拡大することだった。「本社の方針はすでに地位を築き、スケールメリットのある会社のやり方だ。東京ならそれでいいかもしれないが、名古屋は違う。少しでも登録する人材を増やしていく時期だ。人材がそろっていなければ顧客企業のニーズを満たすことはできない。まずやるべきは入口を広げることだ」と、そう考えたのだ。

数を増やす一方で当然のことながらその質も維持しなければならない。岡山はいかに限られた人数から最大限の力を引き出すかに頭をしぼった。そこで、メンバー同士で面談のノウハウを出し合って、そのプロセスやフォローまですべて統一基準をつくり、サービスの均一化を図った。本社では行っていない、名古屋オリジナルの取り組みだった。

取り組みが間違っているとは少しも疑わなかった。本社での成功モデルがある。基本が間違っているはずがない。売り上げが低迷しているのはやり方が名古屋に合わなかっただけだ。そう確信して毎日仕事に打ち込んだ。

メンバーが一つになって奮闘。やがて現われた成果。 4
その業務量は、決して岡山一人でできる仕事ではなかった。そのため、負荷が増えるメンバーに目標を共有してもらわなければならない。成否は彼らの頑張りにかかっているのだから。そう考え、岡山はどんな時もメンバーとよく話し合って物事を決め、自分も一緒に目標を立てて挑んだ。また、問題があればとことん話し合い、信頼関係を構築していった。

岡山の打ち出す様々な策に皆ヘトヘトになりながらもついていき、「名古屋の仕事が一番楽しい」と言う。岡山にとって、それは心底嬉しい出来事で、また励みにもなった。

そして取り組みの成果は、徐々に現われ始める。面談を通して登録する人材が増え、推薦数、面接、内定数、企業からの求人数なども徐々に伸びてくる。提供できる人材が充実し、営業が積極的に新規開拓をできるようになった結果だった。大手企業相手の成約が増えてきたのも自信につながった。以前は月ごとに激しく上下していた業績も安定してきた。

支店がついに四半期で売り上げ目標を達成できたのは、間もなくのことだった。

エピローグ
「支店の状況は以前にくらべて格段に好転してきた。自分の方向性は決して間違っていなかったと分かり、大きな自信にもつながった」と岡山は語る。

「名古屋に来てよかった、と今になって思うんです。壁に挑むことで初心に返り、ビジネスパーソンとして鍛えられましたし、常に難問に挑んでいくことで、自分自身に揺るがない芯が通って、判断に迷わなくなりました。やはり、お仕着せではない仕事に取り組むのは、自分の性格に合っていると思っています」。

岡山による支店の立て直しはまだ最初のステップを上がったところだ。今はさらなる売り上げアップに向けて成果を蓄積すべきとき。岡山の挑戦は始まったばかりだ。
スタッフとのコミュニケーションは何よりも重視している。過去のマネジメント経験から学んだことだ。

〜仕事で活かした学生時代の経験〜
学生時代に知人と立ち上げた飲食店での経営経験では、仕事への姿勢、やりがい、目標をなし遂げたときの感動など大切なことを学び、大きな財産となった。多様な個性の人々を一つの方向へとまとめ上げていくマネジメントの能力も、このときにその基本が身についたのだと思う。
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